八田幸久 プロフィール


ワークライフミックス代表

 

■「成約逆算型」セミナー・説明会を利用したセールスパートナー

■「非論理脳1,500人」以上をサポートした経験あり。

ロジック苦手者に対して、分かりやすく行動しやすい説明が可能。

■元公務員から、複業で30万のコンサルティングを成約

■GCS認定コーチ、心理カウンセラー、教員免許(高校数学)

 

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八田の独立ストーリー

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~成績は上位ながらも、生まれつきの吃音でいじめの対象に~

 

 

1982年12月14日、熊本県熊本市に生まれる。

父親はサラリーマン、母親は小学校の先生の家庭に長男として誕生した。

 

母親いわく、小さい頃から数字が好きだったらしく、ミニカーやプラモデルで遊ぶよりも、紙に数字を書いて遊んでいたとのこと。

 

また、人に教えることが当時から好きで、僕には3つ年下の弟がいるのだけど、僕が6才、弟が3才の時、小学校で習った足し算・引き算を、弟に教えていたらしい。

別に親から「弟に算数を教えなさい」なんて言われてはいない。

自発的に教えていたのだ。

その英才教育のお陰もあって、弟は僕よりも頭が良い(笑)

しかし、最も学習効率が高いのは人に教えることなので、そうやって弟に勉強を教えていた僕は、成績は常に上位をキープしていた。

 

そうやって勉強面では特に問題はなかったのだが、人付き合いは苦手だった。

なぜなら、生まれつき吃音持ちだったからである。

吃音は男児に多いのだが、その大半は、成長するに従って無くなっていくものらしい。

しかし僕は例外で、成長しても、吃音は治らなかった。

そのため、同級生からは事あるごとにからかわれたり馬鹿にされた。

「言語障害」と正面から言われたこともある。

 

当時は、授業中に先生から指名されて教科書を音読するのが本当に嫌だった。

上手く喋れなかったらどうしよう…クラスメイトに笑われたらどうしよう…

そんなことばかり考えていた。

どもるのが怖い、詰まるのが怖いと感じ、くちかずは当然ながら少なかった。

 

しかし、自分から喋らないもんだから、必然的に、他人の話を聞く時間が増えていく。

普通の人は、自分はどう話そうかと考えながら相手の話を聞いているので、相手の話を中途半端にしか聞いていない。

しかし僕は、自分がどう話そうとは考えていないので、相手の話を100%集中して聞くことができていた。

次第に、相手の表情や仕草も観察するようになり、なぜこの人はこんな発言をしたのだろうか?心の奥ではどう思っているのだろうか?相手が求めているものは何だろうか?ということをよく考えるようになった。

話すことが下手な代わりに、聴くことや共感することが人一倍上手になっていたのだ。

 

 

~県内トップの進学校に進学、しかし成績は急降下~

 

 

中学校では真面目に予習・復習を行い、晴れて、県内トップの進学校に合格。

両親も鼻高々だったと思う。

しかし、僕は元々変わり者で、周りと違うことをしたい、という性格だった。

偏差値70の同級生が真面目に日々の勉強に取り組んでいる中、自分はそのような同じ輪に入りたくなかった。

その結果、勉強はかなり手を抜いて、所属していたバスケ部での練習に精を出すようになる。

 

ここで、生まれつき頭が良い人であれば、少々手を抜いてもテストでは点数を取れるかもしれないが、僕は違った。

僕が中学校まで成績が良かったのは、自宅でコツコツと勉強していたからなのである。

要するに、天才ではなく凡人だったのだ。

なので、勉強しないと成績が下がるのは当然だった。

 

高校2年生の時は、理系クラスにいたのだが、数学の校内偏差値は39。

担任の先生からは、「八田は文転(理系から文系に転属すること)する気なのか?」と真面目に聞かれたくらいだ。

もうこの頃には、自分から選んだ道だったが、「自分は劣等生」というコンプレックスが身に染みついていた。

そんなもんだから、受験した国公立には不合格。

滑り止めで受かっていた私立大学に進学することになる。

 

横浜にある私大だったので、最初は、「よし!田舎を離れて心機一転、キャンパスライフをエンジョイするぞ!」という意気込みだった。

サークルにも所属し、友達もできた。

しかし何か、心から楽しめていない。

その理由の一つは、自分が大して努力せずに受かった大学に進学してしまったからだと思う。

自分は本気を出していない。

もう一度、全力を出してチャレンジしてみたい――

入学して数か月後、僕は親に電話をして、「大学を辞めて再受験したい」と伝えた。

最初はもちろん反対されたが、最終的には僕の勝手な願いを受け入れてくれて、本当に感謝している。

 

それからは、まさに全力の日々だった。

受験日まであと六ヵ月。

予備校のない日は自宅で13時間勉強することなんて普通だった。

そして、猛勉強の甲斐あって、高校時代は数学の校内偏差値39だった僕が、浪人時代の秋の進研模試では全国1位をマークするまでに。

半分冗談で書いた早稲田大学にA判定がついたことには正直ビックリした。

最終的には、第一志望の国立大学に合格することができた。

 

この経験から、人は本気でやる気になりさえすれば、目標を達成することができる、という成功体験を積むことができた。

また、僕が数学で全国1位を取れたのは、繰り返しになるが、僕が生まれつき頭が良かったからではない。

現に、偏差値39を取っていることからも分かるだろう。

ではなぜ全国1位を取れたのかと言うと、僕みたいに元々センスがなくても、論理的に考えられなくても、成績を上げる方法に従ったからである。

 

その方法とは、解法パターンを覚えて、その流れに沿って解いていく、という方法である。

数学も結局は、どれだけ解法パターンを知っているかで大半は決まってしまうのである。

よほどの天才でもない限り、解法パターンを知らなければ、解けないのだ。

なので僕は、有名な参考書である「チャート式」を使って、解法パターンを覚えた。

そしてそのパターンに沿って解いていくだけで、全国1位になれたのである。

ここで身につけたスキル・経験は、今の「成約逆算型セミナー」にも繋がっている。

 

 

~県庁で適応障害発症、高校教師に転職~

 

 

大学卒業後は大学院に進学し、その後、とある県庁に入庁した。

職種は一般事務。

大学時代は理工系だったが、研究職が自分に合っていないと感じ、異動が頻繁にある行政職であれば、色んな仕事を経験できるかなと思っての選択だった。

バイト以外では初めての仕事だったので、最初の頃は遣り甲斐を持って働いていた。

 

しかし、数か月が経った頃、疑問を抱き始める。

事務職なので、勤務時間のほとんどはパソコンを相手にした仕事。

誰かと喋ることも少なく、段々と、勤務時間が苦痛に感じるようになってきた。

僕は学生時代のバイトでも飲食店や塾講師などのキャリアが長く、誰かとコミュニケーションを取る仕事が好きだった。

しかし、この県庁での仕事は、その自分の「好き」が全く活かされていない…

そうやって徐々に、確実に、暗くなっていった。

 

そして、入庁して3年が経った頃、適応障害を発症する。

「1ヵ月の自宅療養を要する」という診断だった。

療養中は、色んなことを考えた。

 

自己分析も行なった。

自分が本当に好きなことは何なのか。

自分が本当にやりたいことは何なのか。

自分が生まれてきた意味は何なのか。

 

このまま県庁を続けるという選択肢もある。

県庁であれば、リストラされることもなく、退職金も数千万円もらえる。

けれど、僕はその選択肢を選ばなかった。

 

「死ぬ時に後悔だけはしたくない」

それが僕の出した答えだった。

このまま定年まで県庁で勤め続けたら、100%後悔する。

そう思った。

そしてその頃には、教育を自分の人生の軸にしたい、という結論が出ていた。

そうして、6月30日付けで県庁を退職し、翌7月1日に、東京に引っ越した。

 

この経験で僕は、自分が好きじゃない仕事は続かない、ということを学んだ。

よく、「続けられているということは、その仕事が天職」ということを聞いたことがある。

このことはあながち間違っていないと思う。

 

ここでの僕の経験は、今、クライアントさんに提供している「自己棚卸し410問」というサービスに繋がっている。

僕が療養中に自己棚卸しを行なって「教育」に軸を据えようと思えたように、自分の好きなこと・得意なことを見つけるには、自己棚卸しはかなり強力な方法だと感じている。

 

 

~いざ独立!しかし、最初のサービスの売上は…~

 

県庁退職後、高校教師に転職した。

そこでは、自分の好きな「教える」仕事を毎日できて、遣り甲斐は県庁時代と比較にならないほど感じるようになった。

金曜日には、来週の授業が待ち遠しい、とすら感じることもあった。

やる気のない高校生に対して、こちらから一方的に答えを教え込むのではなく、子どもに質問をして、その人の中から答えを引き出すという、コーチング的なことも当時から行なっていた。

その結果、文系で赤点の生徒でも平均点以上を取ることができていたし、子どもの目が輝く瞬間を見るのもとても好きだった。

 

しかし、授業のコマ数は常にカツカツで、テストまでにこなさなければならない範囲も広い。

自分の本当にやりたい教育ができないことに、もどかしさを感じていた。

しかも、僕たちが子どもの頃と比較しても、今の子どもには覇気がない。

将来やりたいことを聞いても、特に返答はない。

将来に夢や希望がない。

その理由は色々あるだろうけれども、理由の一つは、僕たち大人が、日々楽しく仕事をしていないからなのでは?と思うようになった。

自分の親が、嫌いな仕事のために嫌々ながら満員電車に乗って通勤し、帰宅してからは仕事の愚痴を言っていたら、そりゃ、子どもは、将来に夢や希望は抱きづらくなるだろう。

 

子どもへの教育も大事だが、それ以前に、大人への教育も必要だ、と感じ、3年続けた公立高校教師という仕事に終止符を打ち、個人事業主として独立する。

独立後は、昔からやりたかった、生きる力を養成する塾のサービスを考えた。

そして、ブログ・youtube・HPでの情報発信、プレスリリース配信、チラシ作成、ポスティング、ビラ配り、フリーペーパーへの広告出稿・facebook広告出稿など、考えられる集客方法は何でも試した。

数十万円はそれらの集客活動に使った。

しかし、いざ蓋を開けてみると、数件の問い合わせがあったのみで、一件の顧客獲得にも結びつかなかった。。

 

この経験からは、自分のやりたいことだけではなく、市場のニーズをくみ取ることがとても大切、ということを学んだ。

生きる力を養成したい、ということが僕のやりたいことだったが、市場では、そのニーズは低かった。

例えば子どもであれば、生きる力よりも、まずは学校の成績を上げて欲しい、というニーズの方が高かったのである。

 

 

~「関係性構築」と「顧客教育」に着目することにより、高単価での契約に成功!~

 

 

それからも、試行錯誤の連続だった。

ブログでの情報発信は続けていたので、ブログタイトルを何回も変えながらテストを行なった。

名刺も何度作り直したか分からない。

恐らく、20回以上は作り直しているだろう。

そうやって、肩書・キャッチコピー・商品を変えて、市場のニーズをヒアリングしていった。

 

そして、お客さんとの関係性の構築、お客さんへの教育という2つに着目することにより、晴れて、20万円の契約を取ることに成功する。

その後も、セミナーを開催し、45万円のコンサルティング契約を結ぶ、ということができるようになった。

そして今は主に、2つの商品を提供している。

 

一つは、まったくのゼロイチのフェーズの方向けに、複業でファーストキャッシュを得る方法をコンサルティングするものだ。

稼ぐために必要な、マインドとスキルの両方をお伝えしている。

世の中の起業塾にはスキルだけを教えるところも多いが、起業や複業は実は、マインドが8割だ。

いくらスキルを身につけても、マインドが低ければ、決して稼ぐことはできない。

複業や独立の相談を受けるようになって数年が経つが、自分のやりたいことを仕事にしたい、会社以外で稼ぎたいという声をよく聞く。

 

しかし多くの人は、実際にどう行動したら良いのか?何から手をつけたらいいのか?が分からず、行動できていない状態だ。

県庁時代の僕みたいに、嫌いな仕事を続けて身体を壊して欲しくない。

仕事を通して自己実現をして欲しい。

そんな想いでこのサービスを提供している。

 

そして商品の二つ目は、単価が安く時間の切り売りをしている複業家・起業家向けに、成約から逆算されたセミナーの作り方をコンサルティングするものだ。

複業でファーストキャッシュを得ることができたはいいものの、単発かつ安価なセッションやセミナーに終わってしまっている人は多い。

僕も昔はこの壁にぶつかっていた。

1回数千円、数万円は稼げるが、これでは到底会社を辞められない…

そこで、高単価・高成約率を実現する必要がある。

そしてそれには、セミナーを開催するのが効果的だと僕は思っている。

 

ブログなどから顧客獲得してももちろん構わないが、ブログから集客しようと思えば、まず、時間が掛かる。

最低でも三か月、100記事は書かないと集客できない。

しかも、ネット上にうようよいるライバルたちに勝つライティングスキルも必要になる。

ネット集客は、どちらかと言うと初心者向けではない。

初心者に早く成果が出るのは、リアル集客だ。

セミナーを開催して、その中で、関係性構築と顧客教育を行うことにより、集客からも営業の不安からも解放される、高単価・高成約率の商品を成約することができる。

複業を始めたが、単価を上げることができずに会社を辞められない…という方には適した商品だと自負している。

 

 

~そして、今後のミッション・ビジョン~

 

 

これからの日本を担う人材を育てていきたい――

これは、ずっと昔から思っていたことだ。

そんな想いから学校の先生になり、今は大人を対象に、キャリアデザイン・自己実現のサポートを行なっている。

 

そんな僕のミッションは、

「好き×得意を仕事をする大人を増やすことを通して、その背中を見た子どもが、将来に夢と希望を抱く社会を創造する」

というものだ。

嫌いな仕事ではなく、自分が好きで得意な仕事をする大人を増やすこと。

そして、そんなイキイキした大人の背中を見た子どもが、将来に夢と希望を持てる社会を創造すること。

それを、一生をかけて成し遂げていきたいと思っている。

 

そして、ビジョンは、

「3年間で300人の、自分の好きなこと・得意なことをビジネスにする起業家を育てる」

ことだ。

更に、その300人は全員、年収1,000万円にする。

そうすれば何が起こるかというと、僕の勝手な計算によると、好きなことをビジネスにする起業家一人につき、その背中を見た30人の子どもが、将来に夢と希望を持つ。

そうすると、300人×30人で9000人、およそ1万人だ。

これを僕は勝手に1万人ドリームプロジェクトと名付けている。

このドリームプロジェクトを達成するために、日々、一人ひとりの方と向き合っている。

 

 

以上です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

これからも、自分が動き、人を動かす。自分が幸せになり、人を幸せにする。そんな人を一人でも多くサポートしていきます。

 

八田幸久

 


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カテゴリ:複業・起業 

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セミナーの感想

・今まで低単価でも売れなかったものが顧客の対象を変えただけで高単価で売れるようになった事例を聞けたのはメリットになった。
自分以外の参加者の方とワーク・シェア出来たのはよかった。(北村英朗様)

 

・重要なポイントを分かりやすく説明してくださって良かったです。
チェックシートで具体的に出来たことも良かったです。(藤滝光貴様)

 

・今まで漠然としていたブランディング・ポジショニングについてや、見込み客の設定について、理解ができました。(A.K.様 女性)

 

・集客について復習が出来ました。ビジネスはブログと同じだと感じました。
収入の柱を増やして集客出来るようにしたいと思いました。(S.M.様 男性)

 

・楽しく過ごすことができました。
八田さんのお人柄が人をひきつけることが分かりました。
ご自身の体験についてももっと知りたいと思います。(T.I.様 男性)

 

・モヤモヤしていた最初の一歩に自信がつきました。まずは無料で、好きな得意なことで、お客さんに紹介する形で私のやりたい分野を知ってもらおうと思いました。(Y.M.様 女性)

 

・身近なエピソードなどがもりこまれてやさしい内容でした。楽しかったです。ありがとうございました。(S.H.様 女性)

 

・ターゲットの絞り込み方法を具体的に教えていただいた点が面白かったです。自身のビジネスモデルを考える際の参考にさせていただきます。(Y.S.様 女性)

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